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このコーナーでは2009年6月18日に打上げられた月偵察軌道船(LRO:Lunar Reconnaissance Orbiter)および月クレータ観測探知衛星(LCROSS:エルクロス:Lunar Crater Observation and Sensing Satellite)の記事を掲載しています。月偵察軌道船のミッション、測定機器などはトップのページを参照してください。なお記事を読み易くするために地名をカナ読みに置き換えています。“「読み」が正しくない”ことも想定されますのでご承知置きください。なお、はっきりしないものには原名を添えてあります。
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NASA/GSFC/Arizona 州立大学 |
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Credit: NASA |
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S-IVB ステージによるインパクトは1969年~1977年に月面で運用されたアポロ地震ステーションネットワークのためのユニークな補正信号を提供した。ロケットのインパクトが分かっていた時刻と場所で起きたので地震波の速度特に月の地殻の上層は直接測定できた。
<左図>: サターンVの第3段が統合のために準備される。
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アポロ13号ミッションの時には5ヶ月前に配置されたアポロ12号の地震計のみが使えた。 S-IVB インパクトはこの地震ステーションから135キロメートルの距離で起きた。
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「月偵察軌道船カメラ」チームの分析は今彼らが予測したエリアでロケットインパクトに関連するクレータを確認した。正確な月偵察軌道船の軌道と「月偵察軌道船カメラ」の強味によって今ではロケットインパクトの座標と地震ステーションからの距離を数百メートル内に更に正確に決めることが可能である。この正確なインパクト座標は月の中とその内部構造の地震波伝播の改良されたモデルのために地震の尺度修正データの再分析を保証するかもしれない。この地震計ネットワークは 13,000 を超える地震を記録し、アポロミッションのある最も重要な科学結果を届けた。
Mar 23, 2010
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地平線上8度で18メートル長の太陽の影を投げるサーベイヤ6号 |
Credit: NASA/GSFC/Arizona 州立大学 |
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サーベイヤ6号は1967年11月10日に中心の入り江(Sinus Medii:北緯 0.5 度、東経 358.6 度)のほぼ月の前面の真ん中に着陸した。そのキー実験の一つは着陸エリアがサーベイヤ5号で測定された地表と類似した玄武岩であることを示したアルファ散乱検出器(alpha scattering detector)での地表の化学組成の測定であった。サーベイヤ6号はアポロ計画が必要としたデータの収集を完了し、更に高い科学の関心であったサイトにサーベイヤ7号を送ることを可能にした。
サーベイヤ6号宇宙船は2週間の月の夜から生き残ったが、接触が1967年12月14日に再開された後顕著なデータは返されなかった。
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照明に関する注意。 月の遅い回転のために月偵察軌道船が通過するサイトの太陽の入射角は常に変わっている。サーベイヤのような小さな地形を確実に確認する強力なツールを供給することによって、時間によっては「月偵察軌道船カメラ」は夜明けから正午あるいは夕暮れまで様々な日照の下での地形を撮りその地域の地質の微細を十分に理解することができる。
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サーベイヤ1号は二つの非常に異なる照明の下で「月偵察軌道船カメラ」によって描かれた。背景のイメージは地平線の上太陽が67度で獲得された。サーベイヤは矢印で示され上の差し込みに拡大されている。下の差し込みは地平線からの太陽が14度で描かれた同じサーベイヤを示す。 |
Credit: NASA/GSFC/Arizona 州立大学 |
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Mar 23, 2010
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直径10メートルのクレータに座るサーベイヤ5号:幅約960メートル。 |
NASA/GSFC/Arizona 州立大学 |
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地上に着いたときの写真は宇宙船は小さなインパクトクレータの斜面に到着したことを明らかにした。フィールドの写真を含むイメージの注意深い分析の後、サーベイヤチームはローカルな斜面が 19.7 度であると判定することができた!
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サーベイヤ5号の拡大イメージ |
NASA/GSFC/Arizona 州立大学 |
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Mar 22, 2010
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1970年11月にルノホート1号月面車を届けたソ連のロボット着陸船ルナ17号は雨の海に依然として座っている。 |
NASA/GSFC/Arizona 州立大学 |
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ルナ17号着陸船の拡大、ルノホート1号のランプのスタートおよび着陸船を囲む軌跡に注意! |
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ルノホートローバーは長さ約 2.3 メートル高さ 1.5 メートルであった。 |
この勇敢なローバーは、レゴリス(土)の組成、その地域の地形のクローズアップの視界、レゴリスの重要なエンジニアリング測定に関する価値あるデータを送り返した。
2年後の1973年1月にルナ21号がアップグレードされたルノホート2号を届けてレ・モニエール(Le Monnier)クレータに到着した。それは更に高い解像度のカメラと改良された科学装置を誇示した。それは前任者のようにその日のうちに地球の技術者達によって駆動され夜は駐車された。ルノホート2号は約4ヶ月間月を探査した。不幸にもこのミッションは恐らくローバーが土をかぶりキーコンポーネントが覆われた過熱のために早い終焉をもたらされた。
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最終の駐車場所のルノホート1号月面車 |
最近「月偵察軌道船カメラ(LROC)」科学オペレーションセンターは予想しなかった訪問者 Ruslan Kuzmin を受けた。 彼はルノホートミッションに実際に参加した科学者の一人であった! 我々は地表のハードウェアの「月偵察軌道船カメラ」の写真を彼に示すことができ、彼は彼の「古い友」を見るついてのいくつかの彼の考えを書き下すのに十分に親切であった。
以下は Ruslan Kuzmin の感慨:
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ルノホート2号ローバー、その軌跡が南に向いているのに注意! その拡大はローバーの形を示すために特に広げられている。 |
月面のルノホート2号とその軌跡のイメージを見ることは私にとっては特別な感慨がある。ルノホート2号のオペレーションの時私はミッションに参加していた若い惑星論者であり、私はローバーのテレビカメラで撮られたイメージを分析した。実際にこれは私が関わった最初の成功したミッションであった。ルノホート2号が晴れの海の東端のクレータ Le-Monier の中を4ヶ月間旅した時は37年前(前世紀)であった。
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Ruslan Kasmin の好意によるイメージ:最後のルノホート2号パノラマの断片。 |
Mar 18, 2010
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1972年2月21日にルナ20号は豊かの海と危難の海の間のでこぼこの高原にソフトランディングした。翌日、サンプル回収カプセルは55グラムの月の土を運んで発射された。ルナ20号の降下部分がまだ「月偵察軌道船カメラ」狭角カメライメージに明瞭に見える月に静かに座っている。 |
NASA/GSFC/Arizona 州立大学 |
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ルナ16号サンプルリターン宇宙船。 |
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ルナ20号降下ステージの拡大。サンプリングアームの影に注意。 |
ルナ16号と20号は設計とサンプリング方法が非常に類似していた。サンプリングアームの終端のドリルが地下数十センチメートルから土を集めた。アームはその後サンプルを宇宙船の上のリターンカプセルの中に置いた。今回のNASAの月偵察軌道船(LRO)の「月偵察軌道船カメラ(LROC)」イメージのルナ20号と見られる影はおそらくサンプリングアームである。ルナ20号のサンプルは2ヶ月後に米国のアポロ16号の宇宙飛行士達によって Cayley 平原(東経15度30秒、南緯8度58秒)からサンプリングされたものと類似した鉱物を含んでいた。
1974年10月にルナ23号が危難の海に降ろされたが技術的な困難さがサンプルを得ることを妨げた。ソ連は諦めることなく再び1976年8月に試み、この時ははるかな良運を得た。ルナ24号はより良いセクションと170グラムの大きなサンプルを集めるために月の土の中2メートルを超えるオーガー(訳者注:地面に穴をあける機械)が設計されていた。ルナ23の24の場所は互いに数百メータの中と報告されている。我々は新しい狭角カメライメージから二つの着陸船の間の距離が約 2400 メートルであると正確に測定できる。しかしながら着陸船の絶対位置は約500メートルの確度でのみ知られている。月偵察軌道船ミッション天体位置表が改善されたとき、ルナの絶対的位置が100メートル以内まで分かるだろう。二つの狭角カメラの高い太陽イメージの合成写真をスクロールしてルナ23号と24号を見つけよう。ルナ24号の近くのいくつかの非常に明るいピクセルを捜しなさい。それらは上昇ステージが地球に向かって発射されたとき降下ステージから吹き飛ばされた素材の小さなピースであるかもしれない。
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直径60メートルのクレータの端に座るルナ24号 |
NASA/GSFC/Arizona 州立大学 |
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Mar 16, 2010
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NASA/GSFC |
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Mar 12, 2010